5.1 デリバリー方法について
ゲノム編集の対象となるのは、細胞の核内にあるDNAです。したがって、ゲノム編集を行うためには、その材料と道具(CAS9、ガイドRNA)を、細胞の核内に運び込む必要があります。ただ単に材料を細胞に混ぜたり、体内に注射したりしても、細胞・核の中には入っていきません。何らかの方法で、効率よく、しかも安全に細胞内へデリバリーする必要があるのです。
このデリバリーの手段(ベクターという)は、遺伝子治療のために長年にわたって開発されてきたものが用いられています。方法としては、ウイルスを使うものと人工脂質膜があります。
1) ウイルスを用いる方法
ウイルスは、もともとヒトの細胞に感染してその中に入り込み、さらに核の中へ自分の遺伝子を送り込んでウイルスを大量に複製させる仕組みをもっています。この働きをうまく利用することによって、ゲノム編集の材料と道具を細胞核に送り込むことが可能となります。ただ、自然界のウイルスは細胞毒性をもつものが多く、最終的に細胞を死滅させるだけではなく、周囲の細胞にもどんどん感染をしていくため、このようなことが起こらないように人工的に組み換えを行ったさまざまなウイルスが開発されています。
ベクターとしてのウイルスは、30年以上前から主に「遺伝子治療」のために研究開発されてきました。開発の歴史が最も古いベクターはレトロウイルスで、1990年に初めて実施されたヒトの遺伝子治療(治療対象となったのは免疫不全症の一つであるADA欠損症)で成功を収めました。レンチウイルスは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)を改良して作られたものです。アデノウイルスはデリバリーの効率が高いものの、細胞への毒性が強く、体内に投与された場合は強い免疫反応を引き起こすため、逆にこのことを利用してがん細胞を死滅させるような治療応用がされています。
現在のゲノム編集や遺伝子治療に最もよく使われているのは、アデノ随伴ウイルス(AAV)です。このウイルスはヒトへの病原性がなく、種類(血清型)としてAAV1~AAV10が知られています。その種類によって感染できる細胞が異なっており、神経、筋、肝臓などさまざまな細胞を標的として遺伝子を運び込むことが可能です。ウイルス遺伝子にゲノム編集の材料・道具となるガイドRNAとCas9を作るDNAを組み込んでおくことにより、感染した細胞の中でガイドRNAとCas9タンパク質が産生され、ゲノム編集が行われます。
2) 人工的な脂質膜を用いる方法
微少な人工脂質膜(ナノパーティクル)の中にCAS9 mRNAとガイドRNAを包みこみ、その表面に標的とする細胞に取り込まれやすいタンパク質を埋め込んだものが用いられています。例えば肝臓細胞を標的とする場合、脂質膜にアポEタンパク質を埋め込んでおくと、肝細胞表面のLDLレセプターと結合して肝細胞の中に入っていきます。実際に、このデリバリー方法を用いて家族性アミロイドーシスに対する体内ゲノム編集が成功したことが2021年に報告されています。